2010年3月11日木曜日

季節外れの寒波

♪〜『なごり雪』〜♪
曲の次元ではないような寒波が日本列島を襲って大混乱

2010年3月10日水曜日

連日の雨

今春は、大雨になる日がとても多く、畑や田んぼは水浸し状態・・・

こんな状態では、とてもじゃないが野菜苗を植えることなど出来ず、全く注文が入ってこない・・・

先日までの暖かさで、高知県では史上最速タイの桜の開花情報が報道された同じニュースで、日本列島の至る所で大雪になって交通麻痺と報道されている。

我が家から見えるはずの金剛山も、雪が降っているのか真っ白に霞んでしまって望むことが出来ない・・・

明朝には0℃という予報が出ているが、あちらこちらで眼にする新芽に影響がなければいいのだが・・・

2010年3月9日火曜日

携帯でブログ

パソコンでやっていたブログを、ケータイででも投稿出来るようにしてみた〓

ちょっと時間が出来たときには、暇つぶしになるかなぁ…

《小羽根 富隆》

2010年3月8日月曜日

進学

姪の中村和恵が、目指していた大阪大学外国語学部に合格した。

大阪外国語大学に的を絞っていたが、阪大と合併して進路がちょっと変わったようだが、合併したとはいえ大阪外国語大学当時の校舎を使うようで、納得の大学生活となるだろう。

学校見学でも、「他の大学を見ると決心が揺らぐから・・・」と、一切他の大学には目もくれずに、阪大一本に絞っていたから尚更嬉しい。

おじさんとしての僕は、消防団で活躍している阪本君に譲ってもらった『陀々堂の鬼走り』の『鬼の紙縒』を届けたり、長男の隆志が道端で見つけた『四つ葉のクローバー』を届けたり・・・と気持ちばかりの応援であったが、先月智弁学園を卒業したとはいえ、行き先が決まるまでは、仕事に来てもらっている妹の朱美とも、進路に関する会話に気を遣ったが、これでフツーの会話が出来る。

・・・でも、まだまだ人生の出発点であって、大学合格はゴールではないからなぁ・・・

2010年3月6日土曜日

阪合部地区体育協会親睦会2010

かれこれ四半世紀にわたって活動している、阪合部地区体育協会の親睦会が山陰町の仕出し『まつもと』で開催された。

阪合部青年団が存在した当時、二十歳過ぎの時に青年団長として阪合部体協の理事を兼ねていたのが始まりで、阪合部青年団が組織を阪合部スポーツクラブと変わっても、そのまま体協活動に関わり続け、黒駒町からの理事としての参加、その翌年には阪合部体協理事長となっての活動、その後顧問とスポーツクラブ代表(評議委員)としての兼務の参加が現在まで続き、体協組織に対しての活動が人生の半分以上を占めている。
顧問・評議委員という役職は大変そうな役柄でありながら、個人的には非常に楽しんで活動させていただいている組織だけに、親睦会に誘っていただけるのは、本当に嬉しい!
体育大会や駅伝大会に向けて、また頑張ろうと思う!

2010年3月3日水曜日

ひな祭り2010

いつの間にか2月が過ぎてしまっているということを、行事が思い起こさせてくれる。

今日は女の子の節句だそうで、『もうすぐ女子大生!?』の長女の美紗が昼食にちらし寿司を作ってくれていた。

美紗が中学生の頃から、我が家の農繁期であるこの時期の昼食と夕食は、美紗が食事係と決まっていて、毎日美紗が作った料理を食わされる・・・(食べさせていただいている・・・と言わないと怖い)

2月に自分で飾り付けた雛飾りに、自分で作ったちらし寿司をお供えしている美紗の姿を見ると、こんな『おてんば』でも一応は女の子なんかなぁ・・・と感じる


この地域では、基本的に4月3日の旧暦を『ひな祭り』として祝うので、雛飾りをあわてて片付ける必要がないので、しばらく眺めさせてもらうことが出来る。

『なるべく早く片づける』・・・という風習は、父親として心なしか寂しい気がする・・・

2010年3月2日火曜日

肩こり

この季節は、種蒔きや苗の植え替えの作業に追われ・・・特に接ぎ木作業が凄まじい細かさで、コンマ何ミリという次元でのバイトさんに要求する精度であるが故に、眼の周りの筋肉だけでなく、肩や背中から腰にかけて『こり』がひどくなる
ひどい時には背中が痛くて夜も寝ることが出来ないくらいで、鍼治療に行きたくても時間が無くて、布団の中で身体が伸びないから、丸まってしまうことも度々ある。

友人の阪本善久君が肩こりに効くハンディマッサージ器を差し入れしてくれた。
局部的な『こり』に非常に効果的で、ピンポイントにほぐしてくれるのがとても助かる。

人に対しては、こういう気の使い方をしなければいけないなぁ・・・と勉強になった。